「おい、そろそろ行くぞ」
「んあ、もうそんな時間か」
営業の棚田さんの声に、先輩が間抜けな声をあげた。
そういえば、会社のグループウェアに、客先ミーティングって書いてたっけ。
棚田さんはグレーのスーツでいかにも出来る営業マン、といういでたちなのだけれども、対する先輩は、よく言えばカジュアルスタイル、はっきり言ってしまえばかなりラフな格好で、正直客先に行くような格好ではない。もっとも、今日は比較的ゆるめのお客さんらしいので、ダメージジーンズでも履いていかない限りは誰も咎めたりはしないだろう。
まあ、先輩のスーツ姿なんて、年に何回見られるかわからないけれど。
「えーと、名刺入れどこだっけ……」
先輩が机の上をゴソゴソと書類をひっくり返しているが、名刺入れが出てくる様子はない。
「はい」
私は自席に座ったまま、先輩の机の引き出しを引っ張り出した。そして、アルミ製の名刺入れをつまんで取り出した。
「ん、ありがと」
先輩はそう言って名刺入れを受け取り、ジャケットの胸ポケットに押し込んだ。
「印刷した資料は持ちました?」
私は席から離れたところにあるプリンター台を一瞥した。
「それはさすがにカバンに入れておりますよ」
「そうですか。何時頃戻ります?」
私は矢継ぎ早に尋ねた。先輩が午前中に長時間をプリンタの前で過ごしていたので、今日のミーティングは時間がかかるかな、と思ったからだ。
「まあ、17時頃には戻るかな」
先輩が腕時計を見つめながら答えた。
「そうですか、気をつけて行ってきてくださいね」
「へーい……ん?」
私が笑顔で二人を見送ろうとしたら、棚田さんが呆れたように目を細めて、私たちの方を見つめていた。
「え、棚田さん、どうしたんですか?」
「いや、お前だらしないというか」
「うっせーな」
「まゆかちゃんが世話焼きすぎだなというか」
「そ、そうですか?」
「お前ら夫婦か、っていう……」
「はっ!?」
「ちょっ!!?」
棚田さんの言葉に、先輩も私も言葉を詰まらせてしまった。
突然何を言い出すんだろう、この人は……。
「ま、いいや。ほれ、いくぞ」
棚田さんが先輩の方を叩いて事務所の入り口へ歩き出した。
「あ、うん。じゃ、じゃあ、行ってきます……」
「い、いってらっしゃい……」
先輩も、後ろ頭を掻きながら、棚田さんについていく。
私は、ドキドキする鼓動を感じながら、二人が事務所から出て行くのをぼんやり眺めていた。